関西で初めて実施した「西欧カリグラフィー教室」。
あいにくの雨模様で参加者こそ少なかったが
万年筆でサインする楽しさを存分に味わったようだ。

新幹線の新神戸駅を降りると、駅前に神戸市内をめぐる「シティ・ループ」のバス停留所がある。大人1日券(650円)を買うと何度でも乗り降りができるので、時間のあるときはこれで神戸市内をめぐる。三宮駅周辺から元町、南京町、旧居留地からメリケンパーク、ハーバーランドまで、神戸の現在が手に取るように分かる。トア・ロード、メリケンロード、フラワーロードなどを散歩していると、「神戸震災復興記念公園」の「語り継ぎ広場」にその痕跡を残すものの、1995年1月17日(火)に発生した「阪神・淡路大震災」の傷跡はどこにも見られない。15年を経て、神戸は今ではすっかりおしゃれな雰囲気を取り戻している。

その神戸で初めての「西欧カリグラフィー教室」を開催した。応募総数は179名と、東京での開催(応募総数1334名)に比べるとかなり少ないが、熱心な応募者が多かった。
しかし、当日はあいにくの雨模様。抽選で2回のセッション各20名、計40名に限らせていただいたが、参加者の出足が危ぶまれる。
会場は全室オーシャンビューで、客室にテラス、ジェットバスなどが付いた「ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド」。女性専用の高級スパがあり、地元にファンも多い。
次第に雨脚が強くなり、参加者は予定の半分ほどだったが、遠く明石や姫路から参加された方もおり、この日を楽しみにしていたことが伺われる。

まずはカランダッシュ ジャパンのアンゲルン・サイキ・バーバラさんから万年筆の歴史とカランダッシュの万年筆についてレクチャーを受ける。
羽根ペンを経て、やがて携帯できる筆記具としての万年筆が発明されたことは画期的だったことが分かる。万年筆は長い間、筆記具の王者だったのである。現在でも、外交文書や契約書など、大切な文書のサインは万年筆で行われている。それは、微妙な筆圧によって、その人らしさが伝わってくるからだろう。
さらに、カランダッシュのセミナーで使った万年筆は中心軸が銅と亜鉛の合金、黄銅(真鍮=しんちゅう、ブラス)で作られており、持ち重りがする。それは、万年筆を軽く握るだけで、それ自体の重みですらすら書けるようにするため。つまり、余分な力を加える必要がないのである。

次いで、京都のMGスクールでも教えておられるスイス人のミュリエル・ガチーニ先生にアルファベットの歴史について学ぶ。
アルファベットはギリシャ文字の最初の2文字、α(アルファ)とβ(ベータ)に由来していることはよく知られているが、その元をたどると紀元前14世紀ごろに地中海の交易を支配していたフェニキア人の文字にまで行き着くという。その後ギリシャ、ローマ(ラテン文字)を経て現在のように洗練されてきたわけだが、その特徴は、言語の異なる国の交易で使用されてきたことからも分かるように、極めて実用的で合理的な点にある。「表音文字」であるため、母音と子音を組み合わせることによってさまざまな言語に対応する。使用する文字数はわずか26字。カリグラフィーは、印刷技術が発達する以前の「書写」をもっぱらとした時代に発達した技術で、さまざまな「書体」を洗練させてきたが、その影響はパソコン全盛の現在も色濃く残る。

そのカリグラフィーの技術を使って、いよいよサインの練習である。
まずガチーニ先生が、それぞれの名前で使われているイニシャル(頭文字)の書き方をホワイトボードで紹介する。
参加者が一様に驚くのは、これまで学校で習ってきた書き方と全く異なること。Mなどは、左の線を上から下へ思い切りシェイプさせた後は、真ん中にVの字を描く。その後で右の線を、Vの右線の中ほどから下へ軽くシェイプさせるのである。そうすると、Mの文字がダイナミックに踊る。「サインは真似されても困りますから、他人に読めなくてもよいのです。その代わり自分らしく、力強く、生き生きとした文字で自分を表現してください」とガチーニ先生。「そうか、読めなくてもいいのか」と安心したようにつぶやく参加者。
ガチーニ先生は一人一人の席を訪れて個人指導をしながら丁寧に書き方をコーチ。「ここはちょっと弱いですね」などと修正を加えながら、美しいサインに仕上げていく。

ところで最近、クレディセゾンのTVコマーシャルや新聞、電車の広告などをご覧になったことがあるだろうか。新たに登場した4種類のセゾン・アメリカン・エキスプレス・カードを紹介しているもので、「誰のサインだと思う?」のコピーに添えて、レオナルド・ダ・ヴィンチやゴッホ、ヴェートーベンなどのサインが登場する。
サインだけを見てすぐに誰と分かるものもあれば、全く想像がつかないものもある。会ったことも見たこともない偉人たちのサインだが、そのサインが誰のものか分かると、その人の息づかいまでが伝わってくるようで、急に親しみを覚える。ゴッホの「Vincent」とだけ書かれた勢いのあるサインは、いかにもこの人らしい生真面目さと激しさを感じさせる。
これからは「誰のサインだと思う?」と問われても困らないように、自分らしいサインを心がけるようにしよう。

2回目のセッションを終える頃には雨も小降りとなり、神戸港はもやに煙ってロマンチックな風情を見せていた。参加者が少なかったおかげで、ほとんどガチーニ先生につきっきりで指導を受けられた出席者はとても満足そう。「羽根ペンにすっかりはまってしまいました」「久しぶりに万年筆を手にして楽しかった」「これまで何気なくサインをしていましたけど、もっと大切にしなければ」と、参加者は思い思いの感想を述べて会場を跡にした。
テーブルの上には、いずれもしっかりした万年筆の筆跡で、習いたての瑞々しいサインとともに、丁寧な感想文が残されていた。その一つ。
「とても楽しい時間でした。少人数で、先生に直接、教えて頂けて嬉しかったです。今までのサインと全然違う形になり(洗練された!)よかったです。これからももっと練習したい! ありがとうございました。」
雨の中、ご出席いただいた皆様、お疲れさまでした。そして、有り難うございました。
(Text/水木 康太郎 Photographs/飯田 健太郎、ホテル ラ・スイート神戸ハーバーランド)

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