行ってみたい国……「オマーン」国是は「ビルづくりより人づくり」


日本に最も近いアラブ世界「オマーン」。
しかし、どんな国なのだろう。
ちょっと、行ってみたいと思いませんか?


 アラビアの真珠

 昨年の暮れ、12月20日(月)から1週間ほど、東京国際フォーラムで「オマーン カルチャー ウィーク」が開催された。会場がガラス棟のロビーギャラリーだったので、ご覧になった方もおられるに違いない。
 折しもサッカーの「アジアカップ2011」が、あの「ドーハの悲劇」を生んだカタールのドーハで開催されている。しかも、2022年の「ワールド・カップ」の開催もこのカタールに決まり、サッカーを通じてにわかに湾岸諸国が身近に感じられるようになった。
 しかし、その中身となると、なかなかイメージが湧かない。「アラビアの真珠」と呼ばれるオマーン(正式にはSultanate of Oman オマーン・スルタン国)は、果たしてどのあたりにあるのだろうか?


 2012年に国交40周年

 地図を見ると、オマーンは紅海とアラビア湾に挟まれたアラビア半島の突端にあることが分かる。北側をサウジアラビアに接し、東にUAE(アラブ首長国連邦)、西にイエメンがある。海を挟んだ向かいはイランとパキスタンである。アブダビやドバイなど7つの首長国が属するUAEやカタール、バーレーンなど、オイルマネーで潤う他の国々に隠れて、オマーンの印象はいささか薄い。同じ湾岸協力会議(GCC=Gulf Cooperation Council、加盟はクウェート、サウジアラビア、バーレーン、カタール、オマーン、UAEの6カ国)の一員でありながらいかにも地味に見える。というより、他の国々の経済活動が派手なのかもしれない。「さしたる問題のない平和な国」オマーンは、サッカーの時以外、ほとんど話題にされることがない。しかし日本とオマーンは1972年に国交を樹立しているので、来年は40周年を迎えるのである。

地図をクリックすると「Googleマップ」が拡大します。

 伝統文化を大切にする国

 「オマーン カルチャー ウィーク」の会場入り口には国王(スルタン)、カブース・ビン・サイード陛下の肖像とメッセージが飾られている。1940年11月生まれの国王は今年で71歳。「英明な君主」として知られる国王らしく、若々しく知的で柔和な表情が印象的である。
 来客をもてなすための絨毯が敷かれたテント式のオマニ・サブラ(ティーハスウス)を抜けると、コーランを模写した写本やアラビア文字のカリグラフィー(修飾文字)が目に入る。偶像崇拝が禁じられたイスラム世界では、カリグラフィーと自然をモチーフにした精緻な文様芸術が発達したようだ。
 奥に進むと、国旗や国の紋章にもなっているオマーン独特のハンジャール(半月刀)や長剣を制作する彫金職人、伝統の文様を織り上げる昔ながらの機織り職人、イスラムの伝統的な木造帆船「ダウ船」の精密模型をつくる木工職人らがそれぞれの工房に陣取って、実際に作業の様子を見せてくれる。周囲には城塞の模型なども飾られており、伝統文化を大切にする国のようだ。


 国民の教育が最優先

 会場に居合わせた遺産文化省の職員、マルワン・アムール・モハメッド・アル・ハジリ氏に「オマーンは石油や天然ガスで潤う国と聞いていますが、高層ビル群が林立する都市はないのですか?」と聞くと、白いディシュダーシャ(オマーンの男性が着る民族衣装)を翻しながらハジリ氏は次のように答えてくれた。「国王は、国づくりはまず人づくりからと申しています。教育が最大の国家事業で、国民の教育のために予算を使うことを最優先にしているのです。オマーンでは教育と医療は無料で、ビルづくりより人づくりが国是といってよいでしょう」と胸を張った。
 これには正直、驚いた。アラブ諸国の多くは家父長的な専政体制の国が多く、「人づくりが国是」などという国は聞いたことがなかったからである。最近も強権政治で知られるチュニジアで政変が起きている。


 日本と密接な国オマーン

 早速、外務省のホームページで「各国・地域情勢」から「オマーン国」を開いてみると以下のようなことが分かる。(詳細はこちら
 それによるとオマーンの面積は日本の4分の3ほどで、人口は287万人(うち外国人90万人、31%)。現王朝が成立したのは1749年のことで、政治体制は君主制。男女に参政権があり、国家評議会(勅撰)には14名の女性議員がおり、閣僚級ポストには4名の女性が就任している。国王が首相、外相、蔵相、国防相を兼務しており、非同盟中立、善隣外交を推進している。
 GDPは約600億ドルで、実質GDP成長率12.3%、したがって物価上昇率も12.6%とかなり高い。輸出は石油とLNG(液化天然ガス)が大半で、輸出先は中国、日本、タイがベスト3。輸入は機械、食料品が多く、輸入相手国はUAE、日本、米国の順に多い。1994年に日本から皇太子・同妃殿下がオマーンを公式訪問しているが、カブース国王の訪日はまだない。貿易面だけ見ても日本とオマーンはかなり密接な関係にあることがうかがえる。


 英国で教育を受けた国王

 しかしこれだけでは、なぜオマーンが君主制でありながら、国民から高い支持を得る開明的な政治路線に至ったのか分からない。
 そこで東京・広尾の在日オマーン大使館からいただいたセルゲイ・プレハノフ著、遠藤晴男訳「玉座の改革者」(朝日新聞社刊)と遠藤晴男著「オマーン見聞録」(展望社刊)を読んでみる。この両書を手がかりにオマーンを調べてみると以下のことが分かってきた。(遠藤晴男氏についてはこちらを参照)

  • 古くからの海洋国家であるオマーンのイスラム教は穏健で合理的、かつ他の宗派や宗教に寛容な「イバード派」である。
  • オマーンのサイード家はアラビア最古の王朝で、商人の出でありながらペルシャを駆逐した功によって「イマーム(イスラム教の最高権威者)」に選出され、同時に世俗の最高権力者「スルタン」になっている。
  • カブース国王の祖父タイムール国王(在位1913〜1931年)は英国の干渉を嫌って自ら退位、海外で生活しているときに神戸で日本女性と結婚、女児(ブサイナ王女)をもうけており、親日的な土壌がある。
  • カブース国王は1970年、鎖国を敷いて極端な専政政治を行っていた父サイード国王(在位1931〜1970年)を退位させ(宮廷革命)、30歳で自ら「スルタン」を即位、1960年から続いていたドファール地方の反乱を1975年に完全に制圧している。
  • カブース国王は18歳から24歳までの6年間、英国サンドハーストの陸軍士官学校などで学び、英国陸軍の中尉として兵役につき、ドイツに駐留したこともある。その後3カ月にわたって世界を周遊してから帰国している。
  • カブース国王は帰国後の6年間、首都マスカットから遠く隔たった南西部のサラーラに幽閉状態にされ、冷戦時に大きな危機感を抱いていた。鎖国時代のオマーンは、わずかにイギリス、インド、パキスタンの3カ国にしか国を開いていなかったのである。


 来年2月、記念のサイクルイベント開催

 カブース治世の現在までの成長は目覚ましい。「恵まれし復興」の名の通り、学校、病院、モスクが全国に建てられ、舗装道路が四通八達し、社会基盤が急速に整備された。石油以外にもLNG(液化天然ガス)の埋蔵量が豊富なことが分かり、その多くを日本が輸入している。
 しかし、広い国土の割に人口が少なく、主要な実務を外国人のテクノクラートに依存している状態をオマーン人が担えるようにするのが現在の課題である。
 ハジリ氏は言う。「巨大なタワーがなくても、国民が平和で安心して暮らせる社会が一番いいのではないでしょうか」と。その通りだろう。
 離婚歴のあるカブース国王は現在、独身。皇太子が定まっていないのが唯一の気がかりだが、英明な国王のことだから、きっとその先のことも考えておられるに違いない。少なくとも国民に将来への不安はなさそうだ。
 来年の2012年2月17日(木)には、日本とオマーンの国交40周年を記念してサイクルイベント「オマーンセンチュリーライド2012」が開催される。サイクルロードレース「ツアーオブオマーン(第2回は2011年2月15~20日開催)」と同じ湾外沿いを駆け抜ける全長100マイル(160キロ)のロングライドだ。折り返しポイント(エイドステーションの設定あり)があり、午前6時から午後6時までの12時間イベントなので、自分のペースでゆっくり走ればいい(詳しくはこちら)。
 こんなのんびりした国と知ったら、自転車を担いで、ちょっと行ってみたくなりませんか。
(Text & Photographs/飯田 徹)

 

オマーン大使館

Tel. 03-5468-1088
E-mail/info@omanembassy.jp
URL/http://omanembassy.jp/?lang=ja

 

プレゼント

セルゲイ・プレハノフ著、遠藤晴男訳「玉座の改革者」(朝日新聞出版刊、頒価3,500円)と遠藤晴男著「オマーン見聞録」(展望社刊、1,800円+税)を2冊1セットで3名様にプレゼントします。

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