超大作《スラヴ叙事詩》全20作 チェコ国外世界初公開 ミュシャ展 国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業「ミュシャ展」のペア入場券を5組10名様にプレゼント

《スラヴ叙事詩「スラヴ式典礼の導入」》1912年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「スラヴ式典礼の導入」》1912年 プラハ市立美術館
©Prague City Gallery

2017年は、日本とチェコ共和国が国交を回復して60周年を迎える記念すべき年に当たる。なぜ“回復”かというと、1920年に当時のチェコスロヴァキア共和国と正式に国交を樹立したものの、第二次世界大戦の影響で1939年に一度、国交が断たれたからである。再度、国交が回復するのは1957年2月のこと。以来、来年で60年というわけである。そのため、チェコの国民的画家ミュシャの超大作《スラヴ叙事詩》全20作をはじめ、約100点もの作品を展示する壮大なスケールの大展覧会となった。

アルフォンス・ミュシャ 1928年

アルフォンス・ミュシャ 1928年

モラヴィア地方で生まれたミュシャ

かつてチェコスロヴァキアとして知られたチェコは、スロヴァキアと平和的に分離、1993年1月1日に正式にチェコ共和国として誕生している。チェコは大きく分けると西側のボヘミア、東側のモラヴィア、それに北側のシレジアの3つの地域から成り立っているが、アルフォンス・ミュシャ(1860〜1939)が生まれたのは、当時はオーストリア領だったモラヴィア地方。若きミュシャが美術を学んだのはミュンヘンやパリだった。

《1900年パリ万国博覧会 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館壁画》(下絵)1899-1900年 堺市

《1900年パリ万国博覧会 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館壁画》(下絵)1899-1900年 堺市

時代の寵児

ミュシャ(Muchaはチェコ語では“ムハ”と発音する)をフランスの画家だと思っている人は案外、多いのではなかろうか。それは、フランス語読みの名前だけでなく、華麗な作品によって19世紀末のパリで活躍したアール・ヌーヴォーの代表的な画家の一人だったせいだろう。ミュシャが脚光を浴びるようになったのは、女優サラ・ベルナール主演の舞台「ジスモンダ」のポスターを描いてからだという。ほぼ頭身大の美しいポスターは当時、流行していた「魔性の女(ファム・ファタール)」の怪しい魅力を放っており、ミュシャを一躍、時代の寵児に押し上げた。
《ジスモンダ》1895年 堺市

《ジスモンダ》1895年 堺市

女性美の極致

一夜にして大きな成功をおさめたミュシャは、このとき34歳。サラ・ベルナールと6年間の契約を結び、美しく洗練された女性像を次々に描いていった。この時代の華やかなポスターや装飾パネルは、まさに女性美の極致。現代にあっても少しも古びていない。1900年のパリ万国博覧会では、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ館の装飾(銀賞を受賞)や、オーストリア館の博覧会ポスターとカタログの表紙制作なども引き受けており、まさに売れっ子。1901年にはフランス政府からレジオン・ド・ヌール勲章を授かっている。

《四つの花「カーネーション」》1897年 堺市

《四つの花「カーネーション」》1897年 堺市

《四つの花「ユリ」》1897年 堺市

《四つの花「ユリ」》1897年 堺市

《四つの花「バラ」》1897年 堺市

《四つの花「バラ」》1897年 堺市

《四つの花「アイリス」》1897年 堺市

《四つの花「アイリス」》1897年 堺市

文化的民族自決のために

パリで成功を手にしたミュシャは1904年に渡米、そこでスラヴ人同胞の知遇を得て民族の誇りを絵画で表現したいという意欲を一層、強くしたようだ。そのきっかけとなったのが、ボストン交響楽団のコンサートで、同じチェコ出身の作曲家スメタナ作曲の交響詩「わが祖国」を聴いたことだといわれている。当時のチェコはオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあり、ゲルマン化政策によって自らのアイデンティティを抑圧されており、独立の機運が盛り上がっていたのである。華やかな名声を得ながらも、それに溺れなかったミュシャ。以後、画風も徐々に変化していく。

《ヒヤシンス姫》1911年 堺市

《ヒヤシンス姫》1911年 堺市

《1918-1928:独立10周年ポスター》1928年 堺市

《1918-1928:独立10周年ポスター》1928年 堺市

《スラヴの連帯》プラハ市庁舎天井画(下絵)1910-11年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《スラヴの連帯》プラハ市庁舎天井画(下絵)1910-11年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《自力Ⅱ 犠牲と勇気》プラハ市庁舎壁画(下絵)1911年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《自力Ⅱ 犠牲と勇気》プラハ市庁舎壁画(下絵)1911年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

スラヴ民族の苦難と栄光の歴史

1910年、50歳で祖国チェコに戻ったミュシャは、かねてより計画していた連作《スラヴ叙事詩》を制作するために、コロレド・マンスフェルド伯爵から18年間の契約でズビロフ城を借り受ける。それは、縦6m×横8mにもおよぶ巨大なカンヴァスに描かれた連作20点の油彩画で、古代から近代に至るスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を映し出す壮大なスペクタクル絵画だった。晩年の17年間をこの作品に費やしたミュシャは、すでにアール・ヌーヴォーの装飾的な作風を脱し、写実的でいきいきとしたドラマティックなタッチで描いている。その巨大さとあいまって、見る者を圧倒せずにはおかないだろう。

《スラヴ叙事詩》を制作するアルフォンス・ミュシャ、ズビロフ城アトリエにて、1923年

《スラヴ叙事詩》を制作するアルフォンス・ミュシャ、ズビロフ城アトリエにて、1923年

《「スラヴ叙事詩展」ポスター》1928年 堺市

《「スラヴ叙事詩展」ポスター》1928年 堺市

チェコ国外初の《スラヴ叙事詩》一挙公開

チェコ国民とプラハ市のために描かれた連作《スラヴ叙事詩》全20点は、1928年に正式に市に寄贈されたが、その巨大さもあってか、ほとんど人の目に触れることはなかった。それが2012年5月、ついにプラハ国立美術館ヴェレトゥルジュニー宮殿で全作品が公開されることになった。以後、展示は国内だけで、海外で《スラヴ叙事詩》が一堂に展示されるのは今回が世界で初めて。国交回復60周年という節目の年に当たらなければ到底、見ることのできないミュシャの幻の最高傑作である。アール・ヌーヴォーの瀟洒なミュシャとはまた違った、気骨にあふれた劇的なミュシャの作品世界を見ることができるだろう。

《スラヴ叙事詩「原故郷のスラヴ民族」》1912年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「原故郷のスラヴ民族」》1912年 プラハ市立美術館
©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」》1923年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「東ローマ皇帝として戴冠するセルビア皇帝ステファン・ドゥシャン」》1923年 プラハ市立美術館
©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「スラヴ民族の神格化」》 1926年 プラハ市立美術館 ©Prague City Gallery

《スラヴ叙事詩「スラヴ民族の神格化」》 1926年 プラハ市立美術館
©Prague City Gallery

●国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業「ミュシャ展」 開催概要
会 期:2017年3月8日(水)〜6月5日(月)
会 場:国立新美術館 企画展示室2E(東京・六本木)
開館時間:10:00〜18:00、毎週金曜日と4月29日(土)〜5月7日(日)は20:00まで(入場は閉館の30分前まで)
休館日:毎週火曜日(5月2日火曜日は開館)
観覧料:一般1,600円、大学生1,200円、高校生800円(当日券、税込) ※団体20名以上、中学生以下無料 ※障害者手帳をお持ちの方と付添の方1名は無料 ※2017年3月18日(土)〜3月20日(月・祝)は高校生無料観覧日
●展覧会への問い合わせ
Tel.03-5777-8600(ハローダイヤル)
展覧会専用ホームページ:http://www.mucha2017.jp/
●読者プレゼントのお知らせ
エントリー期間中、セゾンカード・UCカードを1,000円(税込)以上ご利用のうえエントリーいただいた方の中から抽選で5組10名様に、国立新美術館「ミュシャ展」のペア入場券をプレゼントいたします。

※当選者の発表は、賞品の発送(2017年2月中)をもってかえさせていただきます。

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